獣医師ふーの日記

日々気になったこと

※未読の方注意:台詞引用あり注意『同志少女よ、敵を撃て』

※未読の方注意:ややネタバレ※同志少女よ、敵を撃て

基本情報

タイトル:『同志少女よ、敵を撃て』

著者:逢坂冬馬 出版社:早川書房 定価:1,900円+税

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作中、「胡乱」という言葉が複数回用いられます。これにより敵も味方も、愛情も憎しみも戦争という異常状態下では境界は曖昧で地続きなのだということを実感しました。

誤解を恐れずざっくり述べると戦争下で狙撃手となった少女の復讐譚です。主人公の少女の怒り、悲しみ、復讐への気持ちは揺らがず貫かれています。

この物語における仇は、家族を殺めた任意の仇と、人間の尊厳を踏みにじる行為そのものです。

 

戦う理由は、人間の尊厳を踏みにじる行為への怒りや疑問ということも作中序盤頃から描かれていますが、ある決断をもって明確に周囲に示します。この決断に全て収束させるために今までの心的描写がなされていたのか…少女の気迫、怒り、悲しみ、諦めに圧倒されます。

戦争がなければ彼女は一般の女性と同じように家庭を持ち幸せに暮らせたかもしれないのに。

 

戦争は理不尽に人を変えてしまうものであり、個人の愛情や憎しみも越えたところで暴力行為が行われていることがとても恐ろしくなります。

 

また、戦争行為における動物にいくつか言及した場面もあります。獣医師は動物を”効率よく利用”して人の益になるべく存在する職業です。犬や猫を飼って癒されることも、食肉のために家畜を飼養することも同義と認識しています。それでも、戦争下の動物の置かれていた場面の描写は苦しくなります。

ある場面で動物について語られるシーンが非常に印象に残っています。

 

「ー誰かに必要とされることを自分でする。ただそれだけのために、べつに残忍になる必要なんてないよ」「ーー誰かがかわりにやる。もしも誰もやらなかったら、生活が成り立たない。ー中略ーつまり、誰かがそれを殺す。殺す必要がある。いつ、どうやって殺したかなんて、誰も気にしない。…だから、私たちが殺したことにはならない。」

 

獣医師であれば職種を問わず学生の頃や研究の過程、そして臨床医として働く際にほぼ必ず自らの手で動物の命を断つ場面があります。研究や苦痛を取り除くための処置であっても、いかなる手段であろうと安楽殺をした際は形容し難い気持ちに覆われます(甘ちゃんかもしれませんが)。指にできるささくれを引っ張られるような気持ちです。

ずっとそのささくれは残るものと思いますが、この文章を読みカバーされた気がしました。

 

結論として言えるのは戦争によって主人公の生き方や考え方は大きく乱されてしまったということで、フィクションとはいえ…こうした人生を歩む人が男女関係なく決して出ないように何をすべきか、改めて私たちに問いかけてくる作品です。

主人公の女性は戦争がない世界であれば全く違う人生を送ったのではないかと思います。

未来も教育も教養も愛情も理性も途中で吹き飛ばしてしまう戦いの中でしか人生を選択できなかった主人公のことを思うと、悔しいというか悲しいです。

 

 

 

お子様には内容的にも、文量的にも中学生くらい以降でないと読むのは難しいかもしれませんが、ご家族の方がこれを読んだ後に戦時下における動物の利用について調べてみてもよいかもしれません。絶版となってしまっているのが惜しまれますが、私も小学生の頃に戦争に供出された馬と、その馬産地の人々を描いた『泣いた木曽馬』という本を夏休みの読書感想文に選んだ記憶があります。

余談

実際の戦争をモデルにしていることもあり、単純な冒険活劇として消化してはならない、、と理性が訴えているのですが、戦闘描写は冒険小説としても非常に秀逸で、胸がワクワクします。押井守監督のアニメーション映画『スカイ・クロラ』の戦闘機の戦闘シーンを彷彿とさせる場面が続きます。いつか押井守監督で映画化されて欲しいなといちファンとして思っています。

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